「え?いなくなった?」






がいなくなったらしい。
俺たちが朝食を食べている間に医務室を抜け出し、どこかへ行った。
リーマスもが出て行ったことに気付かなかった。






「(・・・・・と、すると転移の術使ったのか?)」






マダムはともかく、隣のベッドにいたリーマスに気付かれずに外へ行くことは難しい。魔力が十分にある状態ならば可能だろうけど、今のにはそこまで魔力が回復していないだろうし。






ちょっと目を離してる隙にいなくなって・・・ああ、もう!とにかく校長に報告・・・」





そう言ってマダムは足早に廊下に出て行った。






「(まだ目的を果たしてないし、魔力もあまり戻ってないからあまり遠くにも行ってない。となると、ホグワーツ内のどこかか)」






窓の外に広がる空を見ながらのいそうな場所を考えてみた(ああ、今日は良い天気だ)



何故、が医務室から消えたのか、大体想像はつく。

だから、関わってほしくなかったんだ。こうなることが解っていたから。
もし、この先ジェームズ達がの正体を知ったら何て言うだろうか。シリウスの言葉で既に傷ついたに、その後の事は耐えられるだろうか。






「(・・・・・・・)」






ちょっと待て。ジェームズ達がを『化け物』と言い、離れていく確証がどこにある。『ジェームズ達がを怖がる』という確証はどこにも無いんじゃないか?
否、でもこれまでの正体を知った殆どの人間が同じような行動をした。『化け物』、『不気味』と言いから離れていった。その度には傷ついてきた。






・・・・・・俺、探してくる」

「それは僕も賛成だけど・・・でも、がどこに行ったか解るの?」

「解らねえけど・・・でも、ここでじっとしているよりは探しに行った方がマシだろっ」

「早く謝りたいって気持ちも解るけど、少し落ち着いてシリウス。ディアミス、の居場所に心当たりない?・・・・ディアミス?」







けど、この二人はリーマスが人狼だと知っても『友達』だと言う人間だ。の正体を知ったとしても、拒絶するような言動をするだろうか。ジェームズ、シリウス、ピーターは人狼であるリーマスを受け入れ、彼のために三人でアニメーガスにまでなったと未来で聞いた。そこまでする人間達が、のことを拒絶するだろうか。






『私は、人間だろうとそうじゃなかろうとも、は私たちの仲間だと胸を張って言えるよ。人間か、そうじゃないかなんて関係ない。だと、私は思うよ。人狼の私を怖がらずに仲間だと言ってくれたのは、他でもない""だからね』






リーマスだってこう言っていた。あくまで未来の彼だけれど。それでも、魂は同じだからこの時代のリーマスものことを怖がったりはしないのではないだろうか。





ディアミス?どうかしたかい?」






頭で考えていても埒があかない。直接、聞いてみて、大丈夫そうだったら・・・






・・・・・・三人は、のことどう思う?」






窓の外への視線は変えずに、後ろにいる三人に問いかけた。
きっと『どういう意味だろう』と思っているだろう。俺がもし三人の立場だったら間違いなくそう思う。この緊急事態にこの質問だ。おかしく思うのが普通。
案の定、シリウスが、どういう意味だよ?、と問い返してきた。






もし、リーマスじゃなくてが人狼だったとしても・・・もし、が人間じゃなかったとしても、を友達だと呼ぶか?」

「当たり前だろ」






即答。
シリウスの答えに続いてリーマスとジェームズの肯定の言葉も聞こえた。






「ピーターは・・・」






ピーターは果たしての事を友達だと言うだろうか。
未来では友達を裏切ったピーター。けど、この時代のピーターにはそんな印象を受けなかった。もしかしたら、






ピーターも僕等と同じことを言うさ」






ジェームズが俺の言葉を代弁したように言った。






・・・・・・まあ、ピーターもグリフィンドール生だし・・・・・勇気有る者の一人だもんな」






グリフィンドールに選ばれたからには何かしら理由がある。『勇猛果敢な者が集う寮』、その中の一人なんだ、ピーター・ペティグリューも。


丁度良い機会じゃないか。イチかバチか。もし受け入れてもらえるのであれば、それはそれで良し。
もし最悪の事態になれば、には悪いが四人の、に大きく関係している記憶を消させてもらう。そして、の記憶からも四人の記憶は消す。それでリセットだ。






?、ディアミス、一体何を言って「話がある」






ジェームズの言葉を遮って、俺は三人に向き合った。












Snow White
姫の心、アリスの心











ホグワーツにある一番高い丘。下には湖が見え、一本の大木がある。その大木の幹の根に寄りかかっている少女がいた。






「・・・後でマダムに怒られるかなー・・・」






どうして抜け出してきてしまったのだろうか。
それは、何となくあそこにいたくなかったから。だから、自分は"逃げた"のだ、あの場から。
こんなに無気力になったのは久しぶりだった。






「マダムよりもディアミスに何か言われそう・・・」






彼の怒った姿を頭に浮かべて、つい、ははは・・・と乾いた笑みが小さく零れた。

あんなに心配していてくれたディアミス。私が傷つかないようにと、忠告までしてくれていた。
それなのに私はそれを無視して、彼等と深く関わってしまった。
こんなはずではなかったのに。
空間の歪みを見つけて、消滅させて、そしてこの世界の未来も変える。そんなの歪みを消したあとに私がヴォルデモートを止めればいいだけの話しだった。止め方はどうであれ、ただそれだけのことだったのに。






「・・・・・情が移っちゃったのかなー」





思えば、ピーターが虐められている
のを助けた時点で、自分は彼等に情が移ってしまっていたのではないだろうか。この時代で誰よりも憎むだろうと思っていたピーター。未来で友達を裏切ったピーター。そのせいでジェームズとリリーは殺されて、シリウスは無実の罪で投獄されて、リーマスは一人になってしまった。そしてハリーが苦しむことになってしまった。

それなのに自分はピーターを助けた。虐められていると知った時、普通に『助けたい』と思った。あの時点でディアミスが心配していた事が始まっていたような気がする。






「・・・・怖いよ・・」






膝を抱えながら呟いた。

怖い。『必要ない』と言われた彼に会うのが。
怖い。また私から誰かが離れて行ってしまうことが。
怖い。運命を変えることが。






「(・・嫌・・嫌だよ・・・・離れていってほしくなんてない・・・・私のせいで誰かが死ぬのなんて・・・・・・もう全部、)」






い や だ 。





涙が溢れてくる。流れても流れても頬を伝う涙は一向に止まらない。

どうして自分は彼等に関わった?どうして自分はピーターやリーマスを助けようとした?もっとよく考えて行動すべきだったのではないか?






「(でも・・)・・っ、今目の前で起きてること・・・見過ごすなんて、できなかった・・・」






そう。結論から言うと、ただ助けたかっただけ。『友達』の彼等を。
忘れていた。自分が何者であるかを。自分が今まで何度同じ理由で虚しさを感じてきていたかも。
未来の彼等があまりにも優しすぎて、この時代の彼等も自分を受け入れてくれると、錯覚していた。






「(・・・もう嫌だ・・・っ、逃げ出したい・・)」






苦しい苦しい苦しい。
どうすれば楽になれるんだろう。
仮に今逃げ出したとしても楽になれるなんて思わない。

自分から未来を変えると言い、ここまで来たのに。
自分の発言に責任を持たず、こんな序盤で弱音を吐いてる自分が嫌になる。


この後自分は三人の記憶を消さなければならない。翼を見られてしまった。何も知らない人間の目の前で魔術を使ってしまった時や、天使の姿を見られてしまった時は必ずそうしてきた。

人間にバレてしまうと、彼等が危険な目に合わされるから。もし、気性が荒いミュータントがその人間を姫の関係者として捕らえたとしたら。その人間の命が脅かされ、挙句こちらとしても不利な状況になる。


だから、世界を渡る私たち姫の間では、記憶を消すことが暗黙の了解となっている。それが例え、友達だったとしても。


だからあの時、自分は天使なのだとリーマスに打ち明けた。どうせ見られてしまったのであれば、記憶を消す前に自分のことを話してしまおうと。受け入れてもらいたいと、思ったのだ。






『お前なんか必要ない!』





シリウスの言葉が脳裏に蘇った。

何を馬鹿なことを考えていたんだ自分は。受け入れてもらえる訳がない。拒絶されたんだから。
これ以上、拒絶される前に記憶は消そう。もういっそ、出会った頃からの記憶も消してしまおうか。そうすれば、ジェームズ達はリリーとかし絡まないはず。ジェームズ達がリリーを目的にこちらに来たときは私が席を外せば関わり合いにならないだろうし。






「・・・・あは、ははは・・・自分で考えといて、なんだけど・・・そんなの嫌、だなー・・・っ」






思考を巡らすことで、先ほどより流れなくなくなっていた涙がまだ堰を切ったように溢れ出した。






「・・・っく、友達で・・いたいのに・・っ」






嗚咽とともに口から出る言葉は切実な願い。

人間だとか天使だとか抜きにした、""としての心からの願い。

嫌われたくない。友達でいたい。誰かの記憶を消すのは、嫌だ。


涙が止まらない。願いを口にしてしまったから。叶わない願いを、言葉にしてしまったから。
虚しさと、寂しさと、苦しさと。全てのマイナスの力が今自分の中で大きくなっている気がする。




私は何も危害を加えない。私は何もあなたたちに害を及ぼさない。ねえ、だから・・・






「・・・私も・・っ・・・友達で、いさせて・・っ」






[もちろんさ!]






「・・・えっ?」






ふいに聞こえた声を聞き間違いかと思った瞬間、体がセレスト色の光に包まれた。









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10.12.12