月が満ちる空の下、暗い廊下を歩く少女が一人。コツコツと足音が一人分だけ辺りに響く。
「……気付かれたかな…」
校長室での話し、自分は嘘を吐いた上に数多くの事を隠しながら説明した。もしかしたら気付かれたかもしれない。あの老人は侮れない人間だ。自分が何事かを悟ってもそれを表には滅多に出さない。
「(まあ、気付かれても何も支障はないけど…)」
ダンブルドアの事だ。何か隠していると思えば何らかの理由があると思ってくれる筈。それを無理に聞き出そうとは思わないだろう。それに、気付かれたと決め付けるのはまだ早い。
「……シリウス…」
月が、思い出させる。貴方と居た時を。未来の貴方は私に色々な事を聞かせてくれた。話してくれた。子供の頃の事、ホグワーツの事、大切な人達の事。そして、監獄の事。貴方をあの監獄へ送ったのも、音も光も生も死も無い無の世界へと逝かせてしまったのも元を辿れば全て私の所為。ジェームズ達が死んでしまったのも、リーマスが孤独になったのも、あの子が悲しんでいたのも私の所為。
「(だから、私は此処に来た)」
この始まりの地へと。あの悲劇の始まりは"この世界"の"この場所"から始まった。時代は違うけれど。
引き起こしたのは私。ならば、それを終わらせるのも私。運命を捻じ曲げて未来を変えるのは私のせめてもの償い。もしかしたら失敗する可能性だってある。失敗すれば"この空間"から"この世界"が消えてしまうかもしれない。それでも・・・
「…運命は変える。絶対に…」
それが、私が犯した罪への償い。
Snow White
毒りんごの罪を背負う少女
コンコン、とノック音がした。は荷物を整理していた手を止めて扉の方へと視線をやる。
ダンブルドアに与えられた部屋は清潔感の感じられる白を基調とした壁紙や家具で構成されていて、有り難い事に今年自分が使うであろう一年生の教科書や鍋やらが全て揃って棚の中に収められていた。但し、ローブと杖だけは自分で揃えて欲しいと置手紙に書いてあった。部屋までか、教材一式と授業で必要な道具は杖以外全て用意してもらってしまった。今度何かお礼をしなければとその時心に思ったのはつい先程の話。
「、入りますよ」
扉を開けて部屋の中へと入ってきたのは、先程再会を果たした女性。数十年前よりは歳をとったが、ついこの間まで見ていた未来の彼女よりは若い。怒っている様な、呆れている様な、そんな顔を目の前の人物、ミネルバ・マクゴナガルはしていた。それには苦笑いで返すしかない。
「あはははは〜…さっきぶり、ミネルバ…」
「全く。笑い事じゃないでしょう」
「う"っ、ごめんなさーい…」
あの時から数十年。数十年経った今、彼女はようやく真実を明かされたのだ。怒ったり呆れたりは当たり前。自分は姉の様に慕っていた彼女にさえ何も言わずに、数十年前この世界を去ったのだ。何を言われてもしょうがない。随分身勝手な事をしたと、自分でも反省はしているつもりだ。
「異世界なんていうものが本当に存在していたなんて…」
「黙っててごめんね、ミネルバ」
「あの時行き成り消息を絶って、手掛かりさえ残ってなかったのは貴女が異世界の人間だったからなのね…」
数十年前、自分は今回と同じ様にこの世界に生じた歪みを修正しに来た。それが終わって直に自分はこの世界を去り、エミュールへと戻ったのだ。あの時自分はダンブルドアにしか異世界の事は話してはいない。彼にだけは見破られた。この世界の住人ではない事を。
「しかもあの時も、そして今回も空間の歪みとやらを直しに来たなんて、耳を疑いましたよ」
「あはははー…。まあ、とりあえず座ってよ。今お茶淹れるから」
そう言って備え付けの小さなキッチンへと行き、はたと気付いた。そうだ。今自分は杖を持っていない。これでは直にお茶を淹れる事は出来ない。紅茶の葉は、食器と一緒に食器棚の中に入っていたから問題は無いのだが、お湯が無い。こうなったら地道に、この世界で言うマグル方式で沸かすしかない。そう思ってやかんに水を入れコンロの火にかけた。
「ごめんね、ミネルバ。今杖持ってないからマグル式でやらなくちゃいけないからちょっと待ってて」
「杖が無い?」
「うん。私この世界から帰る時に杖だけはオリバンダーのお店に返してるんだよね。だから私の杖は今あのお店にあるんだ」
「明日にでも引き取りに行った方がいいと思いますよ。杖がなければこの世界は何かと不便でしょうからね」
そう言いながらマクゴナガルが杖を動かせばあっという間にお湯が沸き、更には棚からティーセットまで出てきて綺麗にテーブルの上に用意された。
「流石ミネルバ」
「これくらい、杖が有れば貴女にだって出来るでしょう」
「あはは、確かに」
椅子に座り、二人同時に紅茶に口をつける。懐かしいと感じた。こうして一緒に紅茶を飲むのは数十年ぶりだ。未来の世界でも共に談笑をしたり今の様に紅茶を飲みあったりはしたけれど、あれは自分の知っている"彼女"ではなかった。自分の知る"彼女"とお茶をするのは本当に久しぶりだ。
かつて、ミネルバはの事を妹の様に可愛がっていた。それはも同じ。姉の様に慕っていた中だからこそ、二人は歳が離れているのにもかかわらずお互いにファーストネームで呼んでいるのだ。そしてそれは今も健在。
「そういえば、。貴女本当に一年生としてまたこの学校へ入学するのですか?」
「うん。その方が生徒達から色々と情報が入ってきそうだし」
「という事はまだその歪みとやらを見つけてはいないのですね」
「うん。成るべく早く見つけようとは思ってる」
歪みが大きくなる前に見つけて塞がなければ。この世界の均衡を崩す訳にはいかない。その為に情報が必要だった。何か奇怪現象が起これば、それは歪みの可能性がある。歪みは大きくなるにつれて少しずつ、その世界の均衡を崩していく。故に歪みの近くでは奇怪現象が起こり易いのだ。
「探すのもいいですけど、十分に気をつけないと危険ですからね」
「そんなにこの世界って危険だったっけ?」
「最近ヴォルデモート卿という闇の魔術を駆使した者が少しずつ動き出してきているのです」
「…ヴォルデ、モート…」
マクゴナガルは知らないのだ。その者の正体を。彼の正体を知るのは、この空間では彼女の後輩ただ一人。
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10.12.09 修正完了