下の






『アストライアの涙』。直径約十センチで、青みがかった宝石だが、中を覗くように見ると宝石の青は抜けて見え、代わりに宇宙のように星が煌いているように見えるらしい。
勿論、本物の星などではなく、ただ単に光の屈折具合でそのように見えるだけらしいが。


『アストライア』はギリシャ神話に出てくる星乙女の『アストライアー(Astraia)』の名前からきているそうだ。
遥か古、人間達が平和な時代から、武器を手にしてしまった時代に、アストライアーは最後まで人間達に正義を訴え続けたが、遂に欲望のままに行われた殺戮が起こり、それによって血に染まった地上を去てしまった。
その時に悲しみのあまり流した涙と言われているのが、今回キッドが狙う宝石だ。






「こんばんわ、中森警部」






いつもように不適な笑みを浮かべ、宝石が入ったショーケースの上に登場する。






「出たな!怪盗キッド!!」






そして警部のいつもと同じような台詞にキッドは内心、進歩ねえなー、と苦笑い。






「(っと、今日はあんまり遊んでられねえな)」






何しろ強敵であるあの小さい探偵が来ているのだから。あれだけ大々的に報道されたのだから、予想はしていた。予告時間前に警官に扮して紛れ、本当に彼が来ているのかも確認した。
少し気になったのは彼についていた猫。どこかで拾ってきたにしても、現場にまで連れてくるだろうか。






「おい!出入り口封鎖だ!」






警部の言葉に物凄い音をたてて現れる鉄格子。

あーあーあー。毎度毎度、芸が無ねえなー、中森警部。






「今日という今日は逃がさん!キッドっ、覚悟ー!!」






そう言って飛び掛ってる中森警部と以下複数の警官。

たっく。だからいつも言ってやってるだろ警部、






「甘いですよ、警部」






煙幕を撒きながら宝石を素早く手中に収め、警部達をかわす。そして逃げるための道を作るために窓へと飛ばしたトランプ。






「(げっ)」






それはコツン、と窓に薄い傷を残し跳ね返され地面に落ちた。






「(おいおい、マジかよ・・・)」

「残念だったなキッド!この部屋の窓ガラスは全部、超防弾にしてある!お前の変なトランプ銃なぞには壊せん!」

「(・・・にゃろー・・)」






今日に限ってめんどくさいものを作った中森警部を恨む。と言っても世間一般の価値観からすると悪であるのは怪盗である自分なのだが。






「(まさか、紅子の変な占いを信じることになる日が来るとはな・・・)」






懐から携帯サイズの火炎放射器を取り出し、炎を窓ガラスの淵の端の方から横にズレ、順に当てていく。呪術や何やの占いで今日の犯行は危険と出たからと言って渡されたラッキーアイテムもどき。






「(あいつに無理やり渡された時は絶対使わねえって思ったけど・・・もしものためと思って持ってきて正解だったな)」






防弾ガラスの弱点は火。打撃攻撃には弱いが、炎での攻撃には忍耐性があまりない事は知っている。このまま淵を加熱していけば、溶けてガラスを窓枠から落とせるだろう。





と思ったのも束の間。パシュ、と小さな音がしたと思い振り返ろうとした瞬間、






「おわ!?」






顔のすぐ横を何か小さいものが通り過ぎガラスに当たった。音的にBB弾のような気がするが。






「(おいおいおいおい・・・まだ全部溶かしきってねえぞ・・)」






そんな快斗の思いもお構いなしに、弾は自分に向かってどんどん発砲されているらしい。絶えずこちらに向かって来る。






「(・・・しゃーねえ)」






片手には火炎放射器、片手にはトランプ銃。窓の淵を溶かしつつ、トランプ銃で応戦する。起用だな、オレ、と思いつつこの銃撃戦の相手であろう小さな探偵を思い浮かべる。






「(にしてもこいつ、手馴れてるなー。どこで習ってきたんだ?)」






彼の正体は既に知っていた。あの有名な高校生探偵の工藤新一。彼がどうして小学生の姿でいるかははっきりしていないが、紛れも無くあれは本人だ。高校生が小学生に扮して生活なんて、大変だろうに。






「(っと、終わったか)」





コナンが落としてしまった銃を探している間にこちらは目的を達成した。勢いよくガラスを蹴れば、簡単に外れ外へ落下した。






「何だとー!?」






飛び立とうとする背中に中森警部の声が聞こえた。無視を決め込み飛ぼうとした瞬間、またしても弾は飛んできた。






「(げっ!やべっ)」






弾は避けれた。だが鎖部分を手に通していただけの宝石は、鎖部分が切れ(細いため)地面に落下。慌てて拾いに行こうにも銃弾は絶えずやってくる。





「(・・・・・・おいおいおいおい!)」






何とか弾をかわしつつ、宝石を追おうとした目に飛び込んできたのは、あの白い猫。ロシアンブルーのような毛並みをした真っ白い猫だった。






「(あの猫・・さっき探偵といたやつだよな・・・)」






少し迷ったが、犯行が失敗するよりはマシだと思い、快斗は今まさに頭に浮かんだ計画を実行に移した。






題して、『そうだ、猫ごと奪って行こう』






その計画により、は夜空を怪盗とともに浮遊することになてしまった。


















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10.07.17