沖田さんは私を部屋に連れてきた後、土方さんたちの所へ戻っていった(因みにネクタイは土方さんの許可がおりて、解いてもらえた)。
去り際に『逃げようとしても僕達からは逃げられないからね』と言って。
あんだけ圧力のかかる笑顔もかなりの未体験ものだよ。
自由に生きろ
「うーん・・・やっぱ入んないなー」
自由になった手の中にはマイ携帯。
なんともラッキーなことに、眩暈が起きた瞬間に持っていた学生鞄も私の体と一緒にこの時代へと来ていた。
しかも、中身もそのまま。
そして、学生鞄が来ているのだから、勿論のことブレザーのポケットに入れておいた携帯もこっちに来てるわけで。
私はさっきから、携帯のディスプレイと睨めっこ。
「電波よー・・・来い!」
ただいま、携帯の電波は皆無。電波表示の三本の棒のうち、一つも立っていないという事態。
なんとなく予想はしていたが、いざ自分の目で見てみると何だか悲しくなってくる。
一応部屋中を歩き回り、その後に振ったりもしてみたけど状況は何も変わらなかった。
「一本でも入ってされいれば現代と何かしら連絡とれるかもしれないと思ったのになー・・・」
まあ電柱柱も何もない時代だ。入るわけがない。
私は『圏外』の文字を見ながら仰向けに寝転がった。
「時計機能もダメかー・・・」
『圏外』の文字の下、画面の上部中央に表示されているデジタルの時計。さっき見た時は17:55と表示されていた。今見ても変わらず17:55。
左手の腕時計も確認するが、針は17:55分を表すように向いている。秒針は動いてはいない。
「iモードもダメ。ワンセグもダメ。あ、メールとかデータフォルダは大丈夫なんだ」
要するに電波を必要とするやつ(時計以外)は全部ダメってことね。まあ、当たり前か。
携帯を持っていた腕を、それごと横へ広げる。
大の字になって天井を見つめた。
「・・・知らない人・・・知らない土地・・・繋がらない携帯・・・」
本当に私は、過去に来てしまったんだ。
沖田、土方、近藤・・・本物の新選組に会ってしまったんだ(新選組好きの友達が知ったら卒倒するだろうな)。
「・・・・うん、いいよ。過去に来たことは認めよう」
起こったことはしょうがない。
どんなに文句を言ったって元の時代に戻れるわけじゃない。
だったらとりあえずは受け入れよう。
何だ、自分は順応能力が人の倍以上あったのか。
「・・・だったら、何で私はこの時代に来た?」
『その人には、その人のやるべきことがある。その運命(さだめ)を生きるために、人間は生まれてくるの。意味の無い人間なんて一人もいないのよ。どんなに不幸な人生を送っている人でも、必ず何かやるべきことを知らず知らずのうちにやっているものよ』
小学生の時、お母さんはそう言っていた。
『その運命を生きるため』、か。
「(・・・この時代で、やるべきことがあるから、私はここに来たってわけ?)」
何をすればいいんだ?
この時代ではばりばりのイレギュラーの私が、一体なにをしろと。
こんな平々凡々の(あ、ちょっと特異体質持ちだけど)私に何をしろと。
目を閉じて考えてみる。
「(世界は、私に何を望んでるの)」
そもそも何でタイムスリップとか非現実的なことが起こるわけ。
私の傷の治りが早いっていうのも十分非現実的だけど、これはその更に上いきますよ。
「(『自由に生きろ』、か・・・)」
眩暈の後に覚えているのは、その言葉が聞こえたことだけ。
どんな感じの声だったか、なんて覚えてない。
ただ、言われた言葉だけが頭の中に残ってる。
「・・・そんなこと言われたら、本当に好き勝手生きるよ?」
目を開けても、そこは現代の天井ではなく、さっきと変わらない和風の天井。
勿論、帰る方法は探すつもりだ。全力で。
きっと帰れるまではこの新選組でお世話になるだろう(さっき土方さんにも置いてもらえる許可もらったし!)。
私はこの新選組の行く末を知っている人間だ。一部ではあるけど、各人の行く末も知っている。
普通なら未来を変えるような発言、行動は控えるべきだと思う(いや、私も一瞬そう考えたし)。
「(・・・・でもさ、)」
そんなめんどくさいことは私には似合わないと思うわけよ。
これは言っちゃいけない、とか、これは見せちゃいけないもの、とかさ。色々考えるのってめんどくさいんだよね。
私はそういうことはあんまりしないタイプ。
勿論、何か重要なことだったりしたら必死に考えるけど、そんな細かいことを一々考えるタイプの人間じゃない。
という人間は『当たって砕けろ』タイプなんです、残念ながら。
「(それに、こんな面白い体験もう一生なさそうじゃん)」
過去に来るなんて。
しかも自分が生きていた時代より百年も前の。
携帯とか見せたらどうなるんだろう。ガムとか食べさせたらどうなるんだろう。
絶対面白い反応が返ってくる。
その私の行動が未来に影響しても、もう構うもんか。
「(・・・だって、もうお父さんもお母さんもいない・・・・)」
私の一番尊敬していた二人。
昔はウザイとかムカツクとかもたくさん思ってた。
でも今では、世界で一番尊敬する人たちだった。
世界で一番、大切な人たちだった。
そりゃ、友達も大切だよ。
おばあちゃんやおじいちゃんたちも。
でも、やっぱり、私にとっては両親が世界だったんだよね。
そんな二人を一気に亡くしたんだ、私は。
大学に合格したけどさ、二人が居なかったら行ったって意味無いもん。
「(・・・こう考えてみると、あの時代に未練ってそんなに無いんだなー)」
さっきまで『どうやって帰ろう』っていう問題ばっかり頭の中にあった気がするのに、今じゃ『どうやって楽しもう』に変わってる。
普通じゃ経験できないこの機会。
「自由に生きてやろうじゃんか」
呟きは、静寂の中に溶けていった。
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(11.01.19)