私は結構自由に生きてきたつもりだ。
この世にオギャーと産声をあげてから今まで、自由に生きさせてもらっていた。
そりゃ、中学生の頃は反抗期真っ盛りで親とよく喧嘩をした。
どうして門限を守れないの、宿題しなさい、脱いだ服はリビングに置きっぱなしにしない、などなど。
その度に、何で自分だけこんなに怒られるんだ。お母さんなんて嫌いだ。お父さんなんて嫌いだ。私の好きにさせてよ、なんて思ってたっけ。
でも、今にして思えば私は本当に自由にさせてもらっていた。
門限だってクラスの子達より全然遅かったし(他の子はだいたい21時、うちは0時)、宿題しろっていうのもしつこくは言われてなかった気がする。そもそも脱いだ服をリビングに置きっぱなしにするのは私が悪い。
人ってこうやって、全てを後になってから気付くんだね。
「お父さん・・・」
別に、両親は私を束縛なんてしていなかった。
まだまだ子供だった私はそんなこと、全く気付かなくて。(気付こうとも、しなかった)
ただ、私の好きなように生きさせてくれていた。
「お母さん・・・・」
両親は、私を愛してくれていた。
だって、そうじゃなかったらこれは何?
『ねー、お母さん。あれすんげ可愛いんだけど!』
『、あんたね値段見てから言いなさい。そうしたら自分が今どんだけ無謀なこと言ったか解るから』
『うげっ。0が1こどころか2こも3こも多いわ』
『二人とも終わったか?』
『あら、あなた。お義母たちへのお中元のお品決まったの?』
『ああ。で、は何にそんな見入ってるんだ?ここ宝石店だろ。うちにそんな金無いぞ』
『ほら、。お父さんからもダメ出しくらったんだから行くわよ。あっちでアイスクリーム買ってあげるから』
『いやいや別にアイス無くても行くって。小学生か私は』
『あら、日頃受験勉強で夜遅くまで頑張ってるんだもの。アイスくらいは買ってあげるわよ』
『いやいやだからね・・・・』
こんな会話をしていたのは去年の初夏。
私の手の中には、その時見ていた品物。確か、20万くらい、だったかな。
あの時はこれを買うお金なんて無い、って言ってたのに。
サファイアのシンプルなワンポイントピアス。
それが入った箱に一緒に添えられている小さな長方形の紙に書かれた言葉。
"大学合格おめでとう! パパとママより"
「・・・ははっ・・・なんだよ、パパとママって・・・・もうそんな呼び方っ・・してなくね・・・?」
若くして私を生んだお母さん。そして若くして一児の父となったお父さん。両親から聞いたのは、所謂"できちゃった結婚"だったということ。(でも私を授かる前から結婚願望は二人にあったらしい)
そのためか私が高校卒業間近だという今でさえ、両親のノリは娘の私から見ても若かった。(クラスの子たちにもそう言われた)
「・・・ホントっ・・・どこまでも童心を忘れない、よね・・・・っ」
この間、お母さんのお気に入りのシャネルのバックが無くなっていることに気付いた。お父さんのお気に入りのブルガリの時計が無くなっているのに気付いた。
何気なく夕食の時にどうしたのか聞いてみたら二人とも口揃えて『壊れちゃって捨てた』と言っていた。
あの時は受験勉強も佳境に入っていたからそんなに深く考える暇もなく私はさっさとご飯を終わらせて、自分の部屋に戻って勉強をした。
思えば、おかしかったじゃないか。
例え壊れたとしても、お気に入りなんだから捨てることまではしないのでは?
まだ私が中学生の時に『やっと買えた!』と母が喜んでいた事を思い出した。
「・・・・これの、ために・・・」
売ったんだ。このピアスを買うために。私の合格祝いとして。
つい先日、私は念願の志望校に合格した。
私の成績では絶対無理だって言われてた所。
必死で勉強した。
友達ともあまり遊ばなくなったし、テレビもあまり見なくなった。
別にその大学に行きたい学部があったとかではなかった。
だったら別の所にしろ、と先生にも言われた(周りの友達にも)
でもそこじゃないと、行く意味が、ない。
「・・・・・・せっかくっ・・・・二人が行きたがってた大学、っ・・・合格・・っ・・したのに・・・っ」
そう。両親は大学へは行っていなかった。
私を、身篭ったから。
二人は私を養うために働く道を選んだ。
中学生の頃は思いもしなかった。
親のために何かをしよう、なんて。
親が行きたがってた大学に入ろう、なんて。
私が合格したと知ったとき、二人は自分のことのように喜んでくれた。
でも今は、
「・・・・・はは・・っ、まさか・・・っ・・・二人が、骨だけになっちゃうなんて・・・流石の私も思わなかった・・な・・・っ」
私の頬に伝うのは涙。
私の手の中には、合格祝いの品。
そして、私の前には『家の墓』と刻まれた墓石。
「何・・・?・・・これ買いに行った帰りに・・・事故っ・・とか、さー・・・もう・・ホント、やってくれるよね・・・」
ははっ、また渇いた笑みが出た。
雨の日だった。
朝起きたら両親は家にいなかった。
"お買い物してくるね。お留守番よろしく!冷蔵庫の中のプリンなら食べていいけど、ヨーグルトはお母さんのだからダメ"
っていう書置きだけあった。
家に電話の音が鳴り響いて、受話器から聞こえてきたのは、二人が事故ったってこと。
もう、生きてないってことだった。
「・・・・っ、んで・・・!交通事故なんか・・・っ!」
ボロボロと絶え間なく目から涙が溢れる。
叫びたい、物凄く。あーでもうーでもいいから何かを叫んでしまいたい。
でも、声が出ない。まるで、叫び方を忘れてしまったみたい。
どうしようもなく、胸が苦しい。
これは、悲しみ?
そんな一言で片付けられるようなものだろうか、この気持ちは。
たった三文字で終わらせられるような気持ちか?
これはきっと悲しみの最上級だ。そうだ、sadestだ。言葉で紡ぐとしたらきっとこれしかない。
結構な難解大に合格したのにこんなアホなこと言ってたら二人にバカだって笑われそうだな。
「お父さん・・・っ!・・お母さん・・・っ!!」
死なないで、ほしかった。
自由に生きろ
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(11.01.14)