砂糖と卵と、ときどきカステラ
さて、と。どうしよう、暇だ。こっちに不思議時代トリップしてきて、どのくらい経ったっけ?
この時代に来た頃は、まさかこんなに落ち着いてこの世界に馴染んでいる自分の姿なんて想像もできなかっただろうに。今じゃ、これだ。暇とか思っちゃってるくらいだよ。
「慣れって本当恐ろしいー・・・って、千鶴だ」
少し離れた場所に千鶴が歩いてるのが見える。
と、思ったらある部屋の中へと入ってしまった。あれは、大広間か。
暇だし千鶴にでも話し相手になってもらおうかな。
千鶴は、当然だけどこの時代に生まれてこの時代で育った子。
育った環境なんてまるで違うのに、そんな事を感じさせないくらい話が合うのだ、彼女とは。
お父さんを探してこの京都まで男装して出てきたらしい。
なんて健気な子。
「カステイラだカステイラ!」
「松本先生が皆さんへってお土産に持ってきてくださったんです」
「なんと!こんな高価なものを」
大広間に近づくにつれて、そんな声が聞こえてきた。"カステイラ"?カステラの事?
この時代はカステラの事は"カステイラ"って呼ぶらしい。すっごい違和感。
っていうかカステラって高価なものだったんだ。
現代では普通にスーパーで売ってるからそんな気は全然しないんだけど。
「まったく、牛にも勝る食い気だね。そのうち皆頭の中まで砂糖まみれになっちゃうんじゃないの」
そう言ったのは多分総司だ。
さっきの声といい、新撰組幹部の多くはここに集まってる様子。
珍しいカステラを一斉に食べ始めた人を呆れた顔で見ている総司の顔が想像できてしまう程、私は彼らと生活を共にしてきた。
長いようで、短いトリップ生活。
きっと、幹部の人たちが一緒に過ごしてきた時間に比べると、私なんかと過ごした時間なんて比べられない程短い。でも、情が湧いてしまうには十分過ぎる時間。
ひょい、と大広間を覗くと、総司にカステラを勧めている千鶴の姿が目に入った。
「カステイラは卵や砂糖をたくさん使っててとても栄養あるんです。だから沖田さんもぜひ・・・!」
少し面食らった顔をした後、しかたないなあ、と言って総司は差し出されたカステラを取った。
『とても栄養がある』?カステラをそんな風に思ったことなんてなかった。
卵や砂糖をたくさん使っている、なんて、現代ではコレステロール満載の所謂デブの素。乙女の天敵だ。
それを栄養がある、と言っているこの時代の人。
何でだろう・・・何でかすごく・・・、
「あ、ちゃん!ちょうどよかったー」
中を覗いたまま固まっていたら、千鶴に見つかった(別に見つからないようにしていたわけではない)。
とことことカステラの乗った一人分のお皿を持ってこっちへ歩いてくる千鶴。
そしてそれは、はい、と私に手渡された。
「松本先生からいただいたカステラだよ」
「・・あ、うん・・・ありがと・・」
見た目は現代のそれと何ら変わりないカステラ。この幕末では栄養分が高く、高級品なカステラ。
そう、何となく感じたあの気持ちは、この世界の人たちへの少しの同情の気持ち。
そんな気持ち、この世界の人たちからすると頭にくることかもしれない。余計なお世話かもしれない。
寧ろ、お前に何が解るんだ、的な感じかもしれない。
けど、現代ではただのお菓子として普通に食べられてて、しかも栄養素があるだなんて思われてもないカステラを、この時代の人たちはそれがとても健康食だと言わんばかりに言っている。
たんぱく質も糖類もこの世界では十分に摂取できていないって事は少し生活すれば大体は想像がつく。
「あれ?ちゃん、浮かない顔だね」
「どーしたんだよ、。食わねえのか?」
土方さんのもとへとカステラを置きに言った千鶴はもう目の前にいない。
変わりに、扉の隣にいた総司と新八が、カステラを見つめたまま動かない私を不審に思って声をかけてきた。
「・・・・・総司」
「ん?な「えい」
多分、『何?』と言おうとした総司の口にカステラを突っ込んだ。
ヤバイ、これは後で笑顔をMAXでお仕置き受けるかな。
でもそんなこともう後の祭りだ。そんな事になれば一目散に逃げよう、脱兎のごとく。
流石に一口で全部は入りきらなかったのか、半分を手に持ち、口に入った半分は飲み込んだ後に総司は口を開いた。
あ、ヤバイ。目が笑ってないのに笑顔だ。
「何かな、もしかして嫌がらせ?」
「(怖い怖い怖いっ)ち、違う違う!」
何やってんだー、と隣で新八が苦笑いをしてる。
まあ、そうね。私の行動は傍からみたら不思議ちゃん行動よね。
「ほら、カステラには砂糖と卵がたくさん入ってて栄養いっぱいなんでしょ?私が食べるより総司が食べた方がいいかなーって。総司、また最近変な咳してるし」
「・・・ただの風邪だよ」
風邪、ねえ・・・。
度々出てくる咳がただの風邪ではないって事くらい、未来人の私にはお見通しなんですよ、沖田総司さん。
でも、知っていても治す方法は解らない。
現代で医療についての勉強なんてした事もない私に、不治の病を治す方法なんて解るわけがない。
私に出来る事は何も無い。
カステラが栄養分の高いものならば、私の分くらいあげる。
それで総司の病気が治るなんて期待はしていないけど、それでも少しでも身体にいいものを食べてほしいから。
「そうやって油断してるとすぐに悪化しちゃうんだからねー」
「大袈裟だなあ」
「あ、ちょっと!笑い事じゃな、!?」
クスクスと他人事のように笑う総司に抗議した言葉は途中で止められてしまう。
何にかって?
そりゃ、勿論・・・、
「・・・・・・」
「お返し」
「(このやろー)・・・おいしい、です・・」
「でしょ。普段あんまり食べれないんだし、ちゃんも食べた方が得だよ」
総司の手の中にあった残りのカステラを口に突っ込まれた。
カステラなんて現代にいた時でもそんなに頻繁に食べはしなかったから味の美味い不味いはあまり解らない。けど、このカステラは何となく現代のよりも美味しい気がした。
やっぱり手で作るのと機械とでは味に大きな差があるらしい。
カステラなんて、本当に些細な食べ物だと思ってた。
チョコレートやらグミやら日々進化していくお菓子の中で、カステラは目立たないものだった。今までの私の中では。
でも、チョコもグミもクッキーもないこの世界では、このカステラは高級品。
そんなカステラを皆で食べたこの暖かい一瞬も、私がこの世界で皆に会えて一緒に過ごした証になればいいと、心から願うよ。
いつかきっと、この一瞬さえも恋しくなる
(10.04.03)