「おい、一体どういう事だ?っていうかお前何したんだよ」






危機が去ったと感じ取ったシリウスは机の下から這い出てに詰め寄る。これを予想していたからもうちょっと穏便に事を進めていきたかったのだが、あそこで魔術なんて単語を出され、挙句それ以上のタブーな単語まで出させる訳にはいかない。空白の姫という最大級の禁止ワードを言われたのは少し痛い。






「…ちょっと殺気を、ね。追い払うには一番最適かなーっと思って」






あははは、と苦笑い気味に言うとシリウスは何か考え込む素振りをみせた。まさか今ので納得するわけもないだろう。殺気を出しで追い払ったのは本当だ。けれど、その追い払う程の殺気を出せる私の正体を問い詰めてくる筈。さて、どう切り抜けよう。






「(…お前何者だ、なんて聞けねえし…)じゃあ、アレは何だよ。あの"空白の姫"っての」


「(あれ?何も言ってこない?)…あ、あれは私も私のおばあちゃんと同じだと思ったんだと思う」






予想していた彼の反応と正反対だった事に一瞬耳を疑った。まさか、シリウスがあの説明だけで納得するなんて。的が外れたことへの驚きからか、言い訳を最初どもってしまった。けれどシリウスはそれはあまり気にしてない様子。それに安堵しながらあたかもそれが真実だと言わんばかりの様子で説明を続ける。






「おばあちゃんは私と同じ色の髪と瞳をしてたの。それで"空白の姫"って呼ばれてた。だから、あの人は私も空白の姫だと勘違いしたんじゃないかな」






当然の事ながら自分に祖母など居ない。これは真っ赤な嘘。偽りの言い訳。こんな嘘がよくひょいひょいと出てくるな、と自分で自分をある意味褒めたくなる。大きな嘘をつけば罪悪感を感じるだの、胸が痛むだの言うけれど私にはその感覚は無い。もう慣れてしまっているのだ。嘘をつく事にも人を傷つける事にも。そうしなければ生きていけなかった世界に居たから。






「じゃあ、"空白の姫"ってのは?」


「さあ、私も詳しくは知らない。けど、この色の髪と瞳を持って生まれてきた人は皆そう呼ばれるらしいよ」


「あいつを創ったとか言ってたのはどういう意味だ?」


「あれは、おばあちゃんがやってたのを見よう見まねでやっただけ。おばあちゃんの所にああいう人達が来た事があって、その時におばあちゃんはさっきみたいな事を言って追い払ってたから」






自分でもかなり上手い言い訳だと思う。これならば多分筋は通っているから、勘の良いシリウスも騙されてくれるだろう。






「へー。じゃあこの飴は?」


「これは魔法の飴」


「魔法の飴?」


「そ。舐めてる間はその人の気配が消えるの。だから、あんなに近くにいたのにあの人達シリウスに気付かなかったでしょ?」






魔術で作った特殊な飴。あの暗黒な時代を生きていた時にあの御方が私に与えてくれたもの。光輝く世界に出た今でもこの飴を持ち歩いているのは一種の癖。それは私の立場の所為か、それとも単に習慣づいてしまったからか。






「確かに…。てか何でお前こんなモン持ってんだよ」


「秘密」






ニコリ、と有無を言わさぬような笑顔を浮かべた。

言えない。魔術の事も、彼等の事も。目の前の彼には無関係な事。わざわざ危険なこちら側の世界に引きずり込むなんて、それこそこの世界へきた目的とは正反対だ。私はこの世界へシリウス達を守る為に来た。その私が彼を、彼等を自ら危険な世界へ放り込むなんて本末転倒もいいところ。

はシリウスの手から小瓶を抜き取り早々にポケットに仕舞った。この時シリウスがもっとよく見せてくれとねだってきたのを軽く交わし、更に食い下がってくるのを駄目、の一言と共に放った悪魔の微笑みで一瞬にし鎮圧させた。












Snow White
思い出すのは、あの小人











《は?そっちにミュータントが居たのかよ!?》


「うん。あれは絶対に彼等の中の一人だよ」






暗くなってきたこともあり、ブラックチェリーを出て数時間後にはシリウスと別れた。渋るシリウスをまた入学式で会えるよ、と説得させて家へ返した。その際、初日の列車の中で会おう、という約束をして。

そしてホグワーツの自室へと戻ってくると真っ先にエミュールに居るレンへと今日あった事を報告したのだ。



この世界にミュータンとが居る、と。






「しかもご丁寧な事にきちんと覚醒してた」


《覚醒までしてたのかよ。お前何もされなかったか!?》


「大丈夫、何もされてないよ。それにそこまで強くもないと思うしね」






強いてされた事といえば、空白の姫という禁止ワードを言われた事くらいだ。まあ上手く誤魔化せたからそれはよしとしよう。






「でね、今日会ったミュータントの周りの人達について調べてほしいの」


《確かに、そうしたほうがいいな。ミュータントの周りには他のミュータントも居る確立が高い。そいつの名前と、居所は解るか?》


「名前はデイモス。居所は…シリウス・ブラックの家」






のその言葉の後、ワンテンポ遅れて通信機からお前、会ったのか?、というレンの声が聞こえた。それにうん、と答えてから今日のシリウスとの出来事を話した。






《…成る程なー》


「で、その時に現れたガードマンの長っぽい男がデイモスだったの」


《"恐れ"、か…》






ポツリ、と呟くように聞こえたレンの言葉には目を閉じる。

その昔、空白の姫は大切なものの多くを失い、そして全てを生み出した。失ったのは大切な自分の子供達。生み出したのは人間界のあらゆる均衡と原則。失ったものの代償として出来たのが、この人間の住まう世界。






《…オーケー。何か解ったら連絡する》


「うん、お願い」


《それはそうと。お前にプレゼントだ》


「プレゼント?」






そう聞き返し終わったのと同時に目の前には鳥篭が現れた。その中には一羽の梟が。真っ黒い羽毛に赤い瞳の梟はじっとを見つめている。






「…リドル……」


《?、何か言ったか?》


「…あ、ううん、何でもない。本当に貰ってもいいの?」






小さく呟いた声は通信機の向こうにいるレンには届かなかったらしい。この梟を見ていると自然に彼を思い出す。

漆黒の髪に、赤い瞳。

かつて同期として、このホグワーツで共に日々を過ごした彼を。






《ああ。居た方が何かと便利だろ?》


「ありがと、レン。大切にするね!」






おう。可愛がってやれよ、というレンの言葉には小さく笑った。彼に似ているこの梟、大切にしない訳がない。レンの通信を切った後には籠の中から梟を出し、自分の肩へと乗せてやる。梟は嬉しそうに頬擦りをしてきた。






「貴方の名前、決めたよ」










彼と同じ容姿をも持つ貴方の名前はね、"リドル"だよ。










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08.07.12 修正完了