「やっぱりさっきのは気を抜き過ぎだったよねー…」






マダムマルキンの洋装店でローブを購入したは大通りを歩きながら呟いた。


先ほどのオリバンダーの店での出来事。一般的な女の子を演じようと試みたものの、失敗。その原因は恐らく身の危険を感じなかったから。自分より強さの上の敵と戦う時には頭をフル回転させて、一時でも気を抜かずに勝機を伺う。けれど、先ほどの様な者には負ける気はおろか、傷ができる危険性も感じない。そうなると自然と気を緩め過ぎてしまうのだ。






「しかも絶対只者じゃないっていうレッテル貼られたよ。あんまり目立ちたくないのにー…。制御装置なんか着けてなかったらもっと他のやり方があったのになー…」






目立てば見つかりたくない者達に見つかってしまうのだ。この制御装置を着けているのもその為だった。自分は異世界人。しかも特殊な。この世界の者とは纏っているオーラが違うのだ。しかもエミュールや他の都市の中でもそのオーラの絶対量が桁違い。そうなるとそのオーラは体には収まりきらずに外へと流れる。結果、見つかりたくない者達にオーラで居場所をつきとめられてしまうのだ。






「それに只の制御装置ならともかく、余計な機能までついてるしなー…」






今自分が着けているひし形のペンダント型制御装置。これを着けたまま魔術を使うと体力や気力が徐々に奪われていくのだ。奪われる量は使う魔術の大きさにもよる。難易度の低い魔術ならばさほど奪われはしないが、難易度の高い魔術はかなりの力を消耗する。故に、あまり魔術は使いたくはないのだ。






「っと、着いた着いた」






辿り着いた場所は一つのパブ。店の扉の上の看板には『Black Cherry』と書かれていた。密かに此処はのこの世界での行き着けの店だったりする。未成年にも飲める様なアルコールの入っていない飲み物等が用意されているのだ。のお気に入りはその中の一つ、『ワインチェリー』。見た目的にも味的にもアルコールは入っていないが、中々お洒落なのだ。






「飲むの久しぶり…でもないか」






未来でも飲んだもんね、と胸中で呟いてから店内へ入ろうと止めていた足を動かす。と、同時に後ろから手を掴まれそうになった。それを一瞬で感じ取り、掴もうとしてきた手を交わし鋭い目つきで後方を振り返る。こういう襲撃染みた事には手を抜かない。というよりは、もう癖になっていて手が抜けないのだ。

振り返った先に居たのは、






「…シリウス……」






先程別れた彼が何故此処にいるのか。否、それよりも何故今彼は私の腕を掴もうとした?目の前のシリウスは全速力で走ってきたのか肩で息をしながら、避けられた事に驚いている様だった。






「え…何?どうかしたの?」


「…隙を見て逃げてきた」


「え、逃げてきたの?」






シリウスはコクリと頷いた。大きなアクションを起こしてみろ、とは言ったがまさかこんなにも早く実行してもらえるとは。何故か嬉しい気持ちになって手を合わせて喜んだ。






「おめでとー、シリウス!アクションは起こしてみるものでしょ?あ、一緒に中入る?」


「あ、あぁ…」






よし、じゃあ入ろう、と言っては扉を開けて中に入っていった。その後をワンテンポ遅れてシリウスが続く。そのシリウスの頬が少しだけ朱に染まっていたのには気付かない。










Snow White
君を追い掛けて











「お前ってさ、面白いよな」


「え、何処が?」






二人は入口から一番離れている席へと頼んだワインチェリーを持って座り、簡単な自己紹介を済ませた。突然のシリウスの何の脈絡もない発言にはクエスチョンマークを頭に浮かべる。






「最初は気弱そうな感じでも、でも強気な事言っただろ?そしたら次はいきなり戦闘慣れしてる奴みたいになるし、かと思ったら今はそのどっちでもないからさ」


「あー…あははははー、そこは気にせずに(っていうか寧ろその記憶はデリートしてくれた方が嬉しいデス…)」


「にしても何でお前、俺が純血主義を嫌ってるって解ったんだ?」


「え?」






どう説明しよう。馬鹿正直に本当の事を話す気は元から微塵もないが、いざ説明するとなるとそれなりに筋の通った嘘の説明を考えなければならない。






「『え?』って、俺が純血主義を嫌ってるって事気付いた訳じゃねえのか?」


「あー…何となくそうじゃないかなーって思ってただけだから、本当にそうだったんだって思っただけ」


「で、何でそう思ったんだよ?」


「…私の知り合いにね、シリウスと同じ瞳(め)をしてる人が居たの」


「同じ瞳(め)?」


「うん。その人も純血主義の自分の家を嫌ってたから、同じ様な瞳(め)をしてるシリウスももしかしたらそうなんじゃないかなーって思ったんだ」






嘘ではない。思えばこの説明、何一つ自分は嘘は吐いていないんじゃないだろうか。この間まで共に居たシリウスはどれだけ子供の頃をブラック家で過ごさなきゃいけなかった事が苦痛だったかを話してくれていた。彼は断固、純血主義反対派だった。






「俺と同じ様な奴がいるのか?」


「うん。あ、でも今は何処にいるか解らないんだ」










先手必勝。何処に住んでいるのかと聞かれる前に行方は知らないと言っておく。案の定、その質問をしようとしていたのか、の言葉を聞きシリウスは少しだが落ち込んでいる様に見える。

これも嘘ではない。彼は今はもう何処にいるのか解らない。あのベールの向こうは音も光も生も死も無い。あのベールの向こうが世界なのかも解らない。只の迷路ではないのだ。彼は、永遠の迷い人へとなってしまった。






「(……永遠に、戻らない…)」






逝ってしまったものは戻らない。それがこの世界の原則。悔しいけれど、これが現実なのだ。

そうだ。あんな事にはさせない為に私は此処に来た。ジェームズ達は殺させないし、ハリーに悲しい思いもさせない。未来を変えるんだ、この手で。あの悲劇の幕引きは、私の役目。










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08.06.15 修正完了